はや来る冬・下総 増 田 陽 一
はや来る白鳥白き虹たてり
手賀沼の微妙に凹む初時雨
見通しの効かぬ沼水鮭迷ふ
大利根と手賀くぐり来て迷ひ鮭
草紅葉軌条を埋めて鰭ヶ崎
一茶句碑ありよれよれの赤蜻蛉
複数の死が擦れ違ふ秋桜
枯向日葵に見られて柩通りけり
極端に枯向日葵の俯けり
茶の花の白きを辿る夢の中
青光り冬蝶となるルリタテハ
枳殻に幼虫寒く残りけり
青葱の長針短針時よ止まれ
垂直の影の両断冬となる
枯蔓を引き摺つてゐる無人駅
鉄梯を蜂の巣提げて降りんとす
鶺鴒を踏みさうになる人のなか
蛾の音の微かになりし夜の読書
鉛筆を研ぐ隙もなし暮速し
ヒメヤママユ羽化する頃のそぞろ寒
土 間 津 髙 里永子
紙漉きの土間なり葱が干されをり
星いくつある越冬の天道虫
杉山に十一月の杉の雨
冬菊のつぼみ茶色に咲きはじむ
末枯の川暗緑の千曲川
綿虫になつてふたたび好かれたし
古民家に泊まるや蒲団重く敷き
村びとに温泉ありぬ冬銀河
胴長のたぬき横切る夜道かな
月冴ゆる花舗の空箱細長し
毛糸帽密着アコーディオンを弾き
黒米と云へどむらさき雪もよひ
雪籠見張小屋めく部屋にゐて
母の世の障子明りに目覚めけり
縄が日にきらきらひかる雪囲ひ
古民家の裏より晴れて冬泉
雪嶺に朝のちやつかり天気かな
干柿と干大根に見送らる
飯山線森宮野原駅しぐれ
穭田と山にへだたりなかりけり
姫林檎 吉 野 秀 彦
告白の平がな片かな秋の蟬
へその緒のねじれ加減や鯨吹く
野分きて硯の海の深いこと
枯蓮武骨な骨が虚空まで
言の葉のつながる幸よ秋天よ
ひとり減りふたり増えなお秋の声
この風は海からのもの秋桜
マンモスの眠る地層や秋彼岸
一病も二病も息災姫林檎
フーテンは日本語のはず菊の花
なつっこい鴉と猫の七五三
どの線も足らぬ手相や文化の日
かあちゃんと分けあう炒飯冬立てり
おんころころ薬師を呼んで小春かな
我もまた厄介ものなり一茶の忌
人間の亜種たる矜持冬茜
星冴えるもったいないとや我が命
味噌汁も血潮となるや一茶の忌
オリオンを出て羆の血に染まる
初時雨いつでも猫はしらんぷり
方 舟 さ が あとり
梨切るや二十世紀は我らが芯
うはさ一ついくさへ育つ秋渇
相棒はとつくに死んで蟬の殻
紅顔より白骨親し秋の風
菊人形奪衣婆の来てはがさるる
無花果や家ごとにある家の恥
噺家は座布団の上つづれさせ
国民総背番号制秋刀魚食ふ
あげ二枚もめん一丁鳥渡る
昆布干すこんぶのやうな帽被り
大空を鶴が渡つてバスがない
蓑虫は着てゆくものがなくて鳴く
さやけしや仏像ガール山ガール
正倉院曝涼蜻蛉がへりかな
まだ誰もたたきに来ない埃茸
蔓たぐり置いてけ堀を引き当てん
試食皿どれもべつたらくされ市
つげ櫛が椿油に漬く良夜
長き夜や土偶は人でなく精霊
剝製店はノアの方舟真夜の月
冬の縁側 渡 辺 誠一郎
送るなら熟柿をひとつ靺鞨に
己が影に飽きては白き秋の蝶
イチジクの裂け大阪の夜更けなり
地の果ては後ろにありて吾亦紅
真昼時曼珠沙華から消えかかる
こんなにも大津絵は飛ぶ夕野分
鬱然と大和に向かう雨月なり
荒蝦夷駈けて白膠紅葉かな
西行の旅塵にまみれ冬の蠅
断崖に立つごと冬の縁側に一人
白鳥は夜のかたちに日曇る
人思うゆえに湯豆腐崩すなり
大祖父の忌や一面の草氷柱
一樹へと陸奥時雨きりもなし
姫神山の裾に闇汁吹きこぼす
セシウムに影ありや影の消ゆるなく
鳥葬や骨より白きものを見ず
最上から最上へと飛ぶ草の絮
夏草に沈みて地祇の眠りかな
寝汗かく蚋の生まれる夢を見て