小 熊 座 2011/10  №317 特別作品
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      2011/10  №317  特別作品

        弥陀の空        山 田 桃 晃


    羽蟻飛ぶふところ深き弥陀の空

    人生の岐れ道なり草いきれ

    蟻地獄のぞきて蟻の走り去る

    鰻食ふ夜の奈落を生きるため

    塩害の田を這ひ七日やませ去る

    津波禍の泥田に植うる向日葵は

    向日葵も渚の砂も瓦礫なり

    百合蝶と化して翔ちたる瓦礫山

    震災の地の底怯ゆ螻蛄の鳴く

    鎮魂の花火よ島よ身に応ふ

    手つかずの瓦礫の山やうつし花

    幼霊も祖霊も胡瓜の馬で来る

    魂棚や白提燈はともさない

    端座して祖霊の在す盆三日

    晩年の胸ひらくたび星流る

    まだ生きるために秋暑の草むしり

    いくたびも死んだ夢見し油点草

    死してなほ疲れも癒す十三夜

    人の名と顔重ならぬ秋暑かな

    死の名は(くう)のひと文字雁渡る


        三日目        さ が あとり


    かげろふの中より最中めく市電

    白玉や水の惑星すみかとし

    四畳半ほどのマンボウ大昼寝

    飛びながら寝ること特技雨燕

    透け漆塗つて仕上げよ蟬の殻

    舟虫のその逃げ足を学ぶべし

    にんげんも絶滅危惧種源五郎

    ブラックバスの腹の中からブルーギル

    いつのまにか担ぐ片棒閻魔の日

    戦争の展翅月間八月は

    戦記物百物語より恐し

    あばいたり責めたりしない浮いて来い

    滴りを水盃として往けり

    軍隊に苛め付きもの栗の虫

    何食うて戦争育つ放屁虫

    三日目の広島市電走るとや

    敗戦日貧乏くじも底突いて

    花のごと能舞はれをり原爆忌

    能が来て聖堂を舞ふ長崎忌

    後シテとなりて出で来よ盆の月


        八月の        松 岡 百 恵


    放射線通す歴史書春の昼

    満たさるる八月の息折鶴に

    八月の重さ折鶴束になり

    折鶴の傾ぎて秋の水に寄る

    折鶴をまた折つてゐる秋灯下

    折り紙で作れぬものか望の月

    帰省してなほ懐かしきものの生る

    帰省子の風来る方を向きしまま

    幼子は座の真ん中へ門火焚く

    梨をむく住みしことなき家の縁

    秋祭をさなごのゐて灯明し

    座に着けと皿の白桃促せり

    不意にひぐらし本題はこれからか

    つくつくし一切経となる思考

    蟬の来ぬ小木のそば去り難し

    珈琲はフレンチ匙に晩夏光

    曇り無き角無き氷偏愛す

    爪にある水平線や夏の空

    そらで読む吾子の絵本や虫の夜

    先生のこと聞かされて春夕焼



        薫風の後       佐 藤 み ね


    影のなき柳絮とびけり青空へ

    薫風や川面の光増すばかり

    不揃いの青蘆に風生まれけり

    にわか雨とつぜん夏が匂い立つ

    虹たちて空の扉が開きそう

    夕焼は川面に崩れ明日は晴

    川涼しカラスの多き日なりけり

    川底に木の影重ね涼しかり

    吾が魂の揺れは映さず夏の川

    夏夕べ白き闇より水の音

    野ぶどうの色ずき初める風の音

    猫じゃらし互いに触れてまた触れて

    夏萩や雨の重さにうつむきて

    いっせいに背比べする泡立草

    野の端の昼顔一つ湧くごとし

    半分は秋の匂いの風の色

    川中にとんぼの夢はいくつある

    遠ざかるほどに音澄む川の水

    朝霧のゆつたり包む野原かな

    野仏の空濡れやすし蘆の花

          

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