小 熊 座 2011/6  №313 特別作品
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      2011/6  №313  特別作品


          この三月・下総より         増 田 陽 一


  異変の記事積みたる春を
無為(なにもせず)

  下総は平らなところ犬ふぐり

  かの日昼鳴きて飛びたる雉幾つ

  春昼の垂直に海動きしと

  新芽疎ら眼下に海の逆巻ける

  春光に巨きな鳥の背中かな

  春雪に抜かれて蕪の穴並ぶ

  種漬花の黝きが続く地平かな

  液状化と言う毀れ方あり芹の花

  首ちぎる如くたんぽぽ散乱す

  逆光のなか筍の出る気配

  わが影に紛れて春の鴨がゐる

  蒼ざめて無声映画の花見かな

  春燈の闇は銀座かワルシャワか

  セシウムの幾シーベルト揚雲雀

  原子炉の火口の色を歸る海猫

  薮椿瞳をみはるとき余震なほ

  櫻前線津波の跡を坑ひて

  草の実と微量の塩とわが山河

  草の絮地熱のありて地に触れず


          世紀の女優         俘 夷 蘭
           「ディートリッヒ」(マリア著) による

  十二月貴族の末に生まれけり

  赤すぐり演劇学校生徒なり

  父戦死母は薔薇捨て黒喪服

  銀梅花飾り結婚衣装着る

  端役からヒロインとなる塩キャベツ

  ベルリン秋「歎きの天使」銀幕へ

  春星や椅子にまたがる長き脚

  夏の月セックス爆弾昇り行く

  秋の海ハリウッドめざす豪華船

  バナナの木名監督と「モロッコ」撮る

  熱砂へと外人部隊追う女

  男装の燕尾服映え菫草

  「上海特急」鳥毛衣装の秋の影

  夏風邪やグレタガルボの噂あり

  夏プール娘誘拐波騒ぐ

  パリの秋ヒットラー登場避ける旅

  夏の昼虚飾の家族四人連れ

  失恋のレマルク、ギャバン無月なり

  大戦の慰問や「リリーマルレーン」

  幻影に魂抜かれリラ無惨


          大津波         安 海 信 幸


  大津波引きたる町に春の月

  沈黙す春三日月の地震の町

  配られて三日三晩の若布汁

  津波禍の土葬迫りて春の雪

  春雨の被災地離る家族かな

  被災地の水出ぬ蛇口春の雨

  生も死も瞬間にあり母子草

  余震なか生まれし赤子桃の花

  生と死を繰り返してや赤椿

  聞き覚えなき一声や春の鵙

  糸柳昼より雨の日曜日

  生きがいは百歳までや春帽子

  雛の宴嗜められし酒の量

  初蝶は海の青さに消えにけり

  鳥帰る園児の列に手を振られ

  草の芽の小さな影の広がりぬ

  春愁や表情変へぬ鬼の面

  仏像も梟の目も目借時

  風船や花嫁投げる花の束

  溜息の肺の奥まで冴返る



    

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