小 熊 座 2010/5  №300 特別作品
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      2010/5  №300  特別作品



          国 境         我 妻 民 雄

    蒼ざめた月の桂といふ梅は

    国境も地境もなし蕗のたう

    きな臭くむごたらしくも三月来

    雲雀野の向かう下町大空襲

    不忍通・不忍池柳の芽

    遠のけば早や残雪に汚れなし

    布哇(ハワイ)にも草笛日系二世なる

    南国の夏炉絶さぬ逆旅かな   キラウエア火山・ボルケーノハウス

    人許すこと覚えしか水中花

    黒人の皓歯手のひら秋の風

    秋の皺ひかりて音もなく流る

    蘆刈女また青空をひと抱へ

    三三五五後れ先立つ大花野

    熱帯雨林の冠雪の山見に来よと

    荒星の父といふ名の孤島あり

    囚はれの若き明治の山犬よ

    雪兎お前をムカシウザキとす

    枕頭の『親鸞』二巻去年今年

    まんさくのはな含羞か陰毛か

    マンモスは象より小さし朝寝せん



          万願寺ししたう    大 澤 保 子


    よなぐもり口中にまだ梅の種

    サムホール油彩三万枚おぼろ

    解読の夫は二階に日脚伸ぶ

    古書市に独歩あされば鳥雲に

    風花のごと降り来たる昇降機

    前奏は四小節よ春ゆふべ

    少年の裸像ふくいくたる遅日

    豆腐屋の笛にひろごる春夕焼

    三寒の裏文字透けし紙の束

    山を消し山墓を消し春の雪

    朧夜のひとり芝居のをんなかな

    子羊の生まれさうなる春の雲

    サーカスの驢馬と語りぬ春おぼろ

    鍵咥へ車体を磨く三鬼の忌

    残雪を割つて真網(まがね)の朴落葉

    極寒の地表に鉄の空気弁

    雪氷の凝る窓より無蓋貨車

    料峭や深井の能面(めん)に酢の匂ひ

    城趾の若木の虚に春惜しむ

    万願寺ししたうといふ鳥雲に

          ここはどこかと    関 根 か な


    啓蟄のH形鋼顕なり

    樵には樵の闇があり長閑

    上空五千六百メートルに囀れり

    阿部完のクランケだといふ蛙かな

    鞦韆は次の男とも漕がぬ

    海猫渡る海猫に掟のなかりけり

    鳥雲に妊娠線の薄くなり

    涅槃西風手の鳴るはうへ吹いてをり

    春眠や海馬をひとつ夢に置く

    春雨の製紙工場架空なり

    家出以上失踪未満春の夕

    本業を忘れて春の三日月は

    始まりと終はり交はり春の海

    父のこと聞く少年に鳥帰る

    この家のひとりであると春の月

    1センチ君に近づく春の海

    待ち合はせ場所に春雨着いてをり

    あはゆきのここはどこかと降つてゐる

    春の水ここなら棲んでみるもよい

    かの山の土の味して蕗味噌は


          嫁の蔵        日 下 節 子


    阿武隈川も齋理屋敷も春霞

    菜の花や阿武隈川が光りだす

    料峭や影それぞれの蔵七つ

    嘉永元年生れし店蔵冴返る

    いにしへを呼び寄せし蔵風光る

    梅東風や齋理屋敷の朱塗橋

    嫁の蔵の唐金火鉢春灯し

    錠前に明治の匂ひ春の風

    白梅や池のほとりの屋敷神

    雛遊び金の急須は家紋入り

    自在鉤ゆらして雛の灯が点る

    問へばすぐ応へさうなる女雛かな

    祖母に似し笑みを浮かべて享保雛

    箱膳に膝を正せり雛の客

    吊り雛の影をゆらして雛の間

    日の暮れの女雛男雛の息づかひ

    真綿剥ぐ役は我なり雛飾る

    茅葺きの端より斑雪しづくかな

    語り部のざつとむかしや鳥雲に

    春風とぐるつと丸森巡りかな


          二 月          菊 地 恵 輔


    寒木立侃侃として孤高なり

    目に浮かぶ春の雪舞ふデンデラ野

    きさらぎのおしくらまんぢゆうオシラさま

    雪解靄座敷わらしの寝惚け性

    雪しろは河童の鏡所在無し

    古る小屋に栖みつき春の虎落笛

    彼方此方身の箍緩む二月かな

    鳥として二月の天の隅で鳴く

    春浅し乱視の入る目がふたつ

    冴返り地獄の使ひうろつきぬ

    恬として辻は余寒の八丁目

    軽忽の寝言の行方蓬土手

    照り鷽を兄と追たる芋の山

    出し風の守護神としていぬふぐり

    きさらぎの十一日が殺気だつ

    恋の猫気息奄奄にねむりこけ

    忌はしき二月から来る胡乱者

    荒東風を軽くいなして風見鶏

    波音は春流木の子守唄

    春月につまらない物したためる


 
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