小 熊 座 2010/4  №299 特別作品
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      2010/4  №299  特別作品


          雪の里幻想          阿 部 菁 女


    てのひらに受くふるさとの初霰

    あかあかと冬夕焼の寄せ仏

    湯の神へ雪踏俵ふんで行く

    箱橇に泣いてをりしが眠りけり

    赤蕪漬汁に箸染まるほど

    湯上がりの父の手の平注連を綯ふ

    麦を多めに年の夜の飼葉桶

    降る雪や寝息のもるるめらし部屋

    霜焼の手がハーモニカ吹いてゐる

    先生に命中したる雪礫

    木出し馬を励ます声が近づき来

    雪溜り越えゆく馬の草鞋かな

    大鱈の総身を雪に横たへる

    涙目の鱈の頭を洗ひけり

    赤んぼの目に繭玉の映りゐる

    雪掘つて土を匂はす農はだて

    節分や鬼の落とせし赤い櫛

    年の豆昼の横座に拾ひけり

    城山の辰巳にありて干菜村

    角巻に火のごとき身をつつみけり



          沃  野              中 井 洋 子


    冬眠の亀いま永眠の心地

    茶の花の澄みし時間の番をしぬ

    奈落への落下のままに氷る滝

    これしきと拭へる体雪の夜

    梟にあり私になき沃野

    腹這ひの心もちなり冬の北風

    弟にまるく逃げられ菠薐草

    ペーパーナイフ雪の地平を切る如く

    春浅し補助線の赤まつしぐら

    海風の継ぎ目となりぬ梅の花

    覚めし身に仏壇のある朝寝かな

    分別のときに切なし蕗の薹

    ぼんやりと居ればそだちぬ春の闇

    日脚伸ぶ下りるべくして砂に鳥

    春昼やわが名書くこと百万遍

    放蕩の時間のなかの春氷

    石鹸のまだ減る形朧の夜

    春愁やひだり側より撮りて欲し

    蜃気楼より我宛ての手紙来し

    うすらひは水の昏さに支へられ


          一位の実            高 橋 森 衛


    数学のよう如月の杉林

    大空の鼓動のように風花す

    浅春の丹田抜ける炎あり

    明かせないシナリオのよう春氷

    鬼やらう右手を修羅場と思いけり

    留守電に入り込みたる春北斗

    銀杏裸木ワルツのような風まとい

    白菜を割れば言葉の生まれたり

    足音に明日のひびき春北風

    厄介の何処までのびる花八手

    見所の無きがみどころ枯木山

    狐火のよう別れの言葉かな

    野火の焔に囲まれているわが齢

    考えの点になりたる枯木立

    五線譜に恋の一節寒の梅

    水温む水のようなる間柄

    蒼空や懺悔のように枇杷の花

    春北風鳩尾を出る一語なり

    冴え返る脳の襞より紙の音

    未来には過去の殻あり一位の実



          母の機音          中 村 すみ子


    昼の月上げて海まで枯野道

    雪靴を履いて何時もの診療所

    海沿いのシャッター通り牡丹雪

    電柱に電線工夫牡丹雪

    蕗の薹星の話が飛び出せり

    成木責飲めば話の種となり

    栗駒の雪の稜線手庇に

    陽炎に仙北鉄道消えゆけり

    都鳥矢切の渡し遠まきに

    ひょうたん池鴨はひたすら羽づくろい

    吹飯器のセット完了寒昂

    海中の鯱の求愛寒の雨

    つかのまに鮟鱇捌き母は亡し

    五箇条の校訓のあり寒夕焼

    十二月八日素足の女学生

    冬蜘蛛の糸ゆるやかに母の里

    明神の手水に銀杏落葉かな

    魔鬼山の魔鬼女が抱く雪蛍

    雪降るや母の機音重なり来

    桑の根を焼ベて謡の初稽古

          鮭番屋               佐 藤 み ね


    帯状に群れて河口の青き鮭

    鮭の群瀬波立てつつ故郷へ

    風なぎて夜明けが青し鮭番屋

    朝霧や灯の鮭の群瀬波立てつつ故郷へ

    風なぎて夜明けが青し鮭番屋

    朝霧や灯のほのかなり漢うごく

    鮭跳んで跳んでいく度も腹打ちぬ

    鮭跳んでまた一瞬の宇宙あり

    鮭跳んで星のまばたき増やしいる

    星空に腹打つ鮭の響きのみ

    鮭梁のさび色深く時雨けり

    ゆりかもめ川に溶けこむ雪の声


       田橋近くの江合川に鮭番屋がある。婚姻色の鮭は漁師から、ブナ、ブナ毛と呼ばれ、ブナの木肌に良く

     似た模様をしている。

       長い青竹と縄で梁を組み、梁の中央の魚道から、大きな捕獲器へ鮭を導く。その中で昼夜の区別なく鮭

     がいく度も飛びはねる。

       風花の舞う頃「ホッチャレ」は鳥や獣の餌となったり、または分解されて鮭の稚魚の餌となる。ここでも自

     然の営みが絶えまなく繰返されている。
                                   (みね)



          くもの糸
                福 原 栄 子


    くもの糸あまりに細し枝垂梅

    血の海に溺れて目覚む春暁

    取りすがる糸切れやすし春の闇

    二月の日胸底深く持ち帰る

    月おぼろ助けて鉄人28号

    春光をむさぼっている前頭葉

    仮の世に住み飽きたれば霞吸う

    孤独なら売るほどあります春炬燵

    愛犬の黄粉の涙花粉症黄粉(きなこ)は犬の名)

    飼い慣らし孤独に勝てと春女神


      「何もわざわざ新幹線で仙台の句会に行くことはない」が、夫のきまり文句でした。

       「帰ったら何倍も働くから」とあの手この手で五年間熱心に定例会に出席し、ご指導を仰ぎました。更に反

     省会にも参加させていただき、時間を気にしながらも片隅で、句評をお聞きするのが楽しみでした。

       ところが夫が逝き、自由の身になった途端あんなに憧れ、出席せずにはいられなかった句会に、出かけ

     る気力が失せてしまったのです。

       人の心の不可解さ、三月二十日に三回忌を迎えるというのに、いまだに心の闇から抜け出せず、明るい

     兆しに這い上がれば、すぐ急降下です。どん底で摑んだくもの糸の、あまりの細さに真っ逆さま――犍陀多

     そのものでした。

       でも小熊座の皆様が、暖かくて、太くて強い糸を垂らしてくださいました。特に『孤独を生きる』(寂聴)の本

     を送って、私を励ましてくださった、きみこ先生の優しさに助けていただきました。小熊座の一員であることの

     幸せをかみしめています。                                           
 (栄子)



          トラヤ帽子店
              水 月 り の


    歯をみがくタイガーマスク除夜の鐘 

    黄金の爪楊枝二本ハツヒノデ

    竹葉亭四国の友に冬日さす

    ウエストの太田治子とかまど猫

    子ぎつねも手紙書きたし鳩居堂

    資生堂パーラー太宰の黒マント

    ピストルは冬帽子の中和光

    レンガ屋の淳之介さん冬の鹿

    平つかの耳なし芳一雪女

    アヴェマリア王子ホールに寒鴉


     三歳の頃、ライオンが好きだった。あのふさふさとした金色のたてがみ、悠然としたたたずまい。いつか

      機会あれば、一緒に散歩したいものだと本気で思っていた。

        一方、虎は、檻の中をうろうろうろうろ歩き回り落ち着きがない上頭がはげていて(そのように見えた)何

      か不機嫌そうで、苦手であった。

        そんな私だったが、アニメ〝タイガーマスク〟のエンディングテーマ曲は心に染みた。絵本の中で、くる

      くる回ってバターになってしまう虎も、可愛らしく感じた。

        今年はトラ年。火伏せの虎舞のトラは、どんな思いでマッチ箱のイラストのトラを見つめていることか。

        余談ながら、トラヤ帽子店は銀座にある老舗。平つかは、江戸指物の専門店で、小泉八雲の仏壇を納

      めた事も。王子ホールでは阪神タイガースファンだった河合隼雄氏のフルートの師が演奏会を開かれて

      いる場所である。                                                 
(りの)



 
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