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2009年1月 小熊座の好句 高 野 ムツオ
一木は海神のためもみづれり 浪山 克彦
最初に脳裏に浮かんだのは、子供の頃に読んだ「洟垂れ小
僧さま」という話。「竜宮童子」 の名でも知られる。昔、善
良だが貧しい男が、竜神から「洟水を垂らした小僧」を授か
る。その霊力によって男は莫大な富を得るが、終いには、竜
神との約束を破り小僧を追い出す。そして、こうした昔話の
型通り、すべての富を失ってしまう。なぜ、この話が頭をよ
ぎったかというと、男が竜神から小僧を授かった経緯に、毎
日、売れ残った薪を竜神への貢ぎ物としていたという件が
あって、それを思い出したからである。貢ぎ物として、なぜ
薪なのか。確かに薪は燃料として貴重なものだった。薪には
火と同様に呪力があるとされ、薪にまつわる風習が各地に
残っている。新年に飾る年木なども、その呪力を尊んだもの
といってよい。そうした薪つまり樹木に対する信仰が、この
物語の出だしのモチーフにも影響しているのだろう。そこま
では、私のような素人でも推測はできる。他にもっとはっき
りした理由もあるのだろうが、いずれにしても、神への捧げ
物として樹木を用いることは、依代としての榊を持ち出すま
でもなく、古代からの樹木そのものへの敬虔な思いがあって
こそといえようか。
またしてもずいぶん迂回したが、掲句にも、そうした人間
の思いのルーツというものが色濃く反映している。しかも、
この句は、樹木自身が、自らの体を赤く染めることで、さら
には、その葉をまもなく散らし捧げることによって、海への
畏敬を示しているのだ。「森は海の恋人」という言葉があっ
たが、それは自然そのものが、もとより知悉していることな
のだ。
還り来る古新聞のやうな鮭 伊藤 晴子
利根川に回帰する鮭の数量が、今年は今までの記録を塗り
替えたそうだ。放流事業の成果だろう。鮭の母川回帰の秘密
はまだはっきりしていない。沿岸に辿り着いてから母川の匂
いを嗅いで遡ることは知られているが、遠い北海から沿岸ま
でどうやってたどり着くかまだ解明されていないのだ。回帰
した鮭は必死になって産卵して死に絶える。その鮭を古新聞
に喩えたところが秀抜。その姿形といい重さといい、まさに
濡れた古新聞そのもの。新聞紙同様自分の体に自分の記録そ
のものを刻み込みこんでもいるのだ。
胎動はしろがねの鐘冬日和 松岡 百恵
胎動は本来動きのことで、音のことではない。しかし、こ
の句からは胎児の動きと同時に、その鼓動までも聞こえてき
そうだ。もっとも、その昔は誰にも聞こえる音ではない。母
となることを約束された人という特別の人にのみ聞こえる
音のようだ。「しろがねの鐘」は冬の太陽でもあり、胎児そ
のものでもある。
帰り花花盗人もかへりなん さがあとり
宮城涌谷での作と思えば「花盗人」は鬼房先生と読めるが
それは鑑賞者の自由というもの。先生が閏いたら、笑いなが
ら手を振って即座に否定しそうだ。
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